『道をひらく』(松下幸之助 著)を読む 06
運命を切り開くために:「自然とともに」
松下幸之助氏は、「人間にとって、出処進退、そのタイミングを誤らないことほど難しいものはない」と言います。
この言葉が示すのは、人生やビジネスにおける「いつ進み、いつ退くか」という決断がいかに重要かということです。
特に経営者にとって、この決断は会社の未来や社員の命運を左右する重大なものです。
そして松下氏は、次のような言葉でその道しるべを教えてくれます。
「ときには花をながめ、野草を手に取って、静かに自然の理を案じ、己の身の処し方を考えてみたいものである。」
この言葉が、70歳を超えた私にとって、まさに深く染み入ります。
気づけば四半世紀以上にわたって無我夢中で会社を経営してきました。
振り返る余裕などほとんどなく、ただがむしゃらに走り続けてきた結果、今ここに立っています。
しかし、体力も気力も少しずつ衰えを感じるようになり、次に考えるべきは「いつ退くべきか」、つまり「進退のタイミング」です。
このテーマは、私にとって避けて通れない切実な課題です。
経営者としての「出処」、すなわち私が社長として会社を引き継いだ当時のことを思い返すと、それは私にとってまさに人生の大きな転機でした。
当時、次期社長として名前が挙がった時、正直に言うと、自分がその役割を果たせるとは思えませんでした。
私に社長が務まるのか?その疑念が何度も頭をよぎり、最初の要請を断ったのです。
しかし、会社の状況が悪化する中、二度、三度と要請を受け、その度に考えが変わっていきました。
自分に与えられた役割を受け入れなければならないのではないかと。
最終的に就任を決意するまでには1年半もの時間がかかりました。
その間に、私は覚悟を決めただけでなく、社内も新しいリーダーを迎える準備が整いました。
社員たちも「次の一歩」を受け入れる心の準備ができていたのです。
このプロセスは、私自身が無意識のうちに「自然の理」に従っていた結果だったのかもしれません。
決して焦らず、最も適切なタイミングを待ち、周囲との調和の中で物事が進んでいったのです。
振り返れば、その時の決断は正しかったと確信しています。
次に考えるべきは「進退」、つまり私自身が会社の経営から身を引くタイミングです。
松下幸之助氏は「自然の理を案じ、身の処し方を考えよ」と教えています。
この言葉が意味するのは、自分の欲や野心を排除し、心を澄ませ、自然が教えてくれるタイミングに従うことです。
自然の秩序や美しさは、私たちが時に忘れがちな「正しいタイミング」を教えてくれます。
この会社を引き継いでからの年月、借金を抱えながら資金繰りに悩み、社内の改革に取り組んできました。
当初は夜も眠れないほどのプレッシャーでしたが、それを乗り越えた今、借金をすべて返済し、無借金経営へと転換することができました。
結果として、次の世代へ、健全な経営基盤を引き継ぐことができるようになりました。
しかし、これは私個人の成果ではなく、まさに「自然の理」に従い、周囲との調和を大切にした結果だと思います。
今、私が考える「進退」もまた同じです。
次のリーダーがしっかりと成長し、会社がさらに発展していくためには、私が身を引くタイミングを誤らないことが何よりも重要です。
自然の流れに逆らわず、自分の役割を終えたと感じた時、その時こそが最も正しい決断の瞬間なのです。
私たち経営者が心に留めておくべきことは、「自然の理」に従うことです。
花が咲き、散っていくように、私たちもまた自然の一部であり、すべてには正しいタイミングがあるのです。
そのタイミングを見極め、正しく判断することで、自分の後継者に、そして会社に、次のステージへ進むための道を開くことができるでしょう。