【生きがいのある人生のために】:「わけ入れば」

■道は、踏み込んだ先にひらける
松下幸之助氏は、「わけ入れば思わぬ道がある」と説いています。
これは山道だけの話ではありません。
人生にも、仕事にも、経営にも当てはまる真理です。
私たちは、とかく「ここまでやれば十分だ」「これが最善だ」と考えがちです。
しかし、本当にそうでしょうか。
そこでもう一歩踏み込み、さらに深く考え、工夫を重ねた先に、思いもしなかった新しい道がひらけることがあります。
現状に満足した瞬間、進歩は止まります。
未来は、もう一歩わけ入った人の前にだけ現れるのです。

■進歩は「これでいいのか」という問いから生まれる
身の回りを見れば、そのことはよくわかります。
家電製品ひとつとっても、かつて「これ以上便利にはならない」と思われたものが、次々と改良され、私たちの暮らしを豊かにしてきました。
それは誰かが、「これで完成だ」と思わなかったからです。
もっと良くできるはずだ、もっと便利になるはずだ、その問いを持ち続けた人たちが、創意工夫を重ね、新しい価値を生み出してきました。
「わけ入る」とは、表面で満足せず、本質をさらに掘り下げることです。
その姿勢こそが、進歩を生みます。

■人類の発展は、探究心の歴史である
人類の歴史を振り返れば、それはまさに「わけ入る」ことの連続でした。
火を使うことを覚え、道具を生み出し、産業を発展させ、文明を築いてきた。
そのすべては、「まだ先があるはずだ」という探究心から始まっています。
もし先人たちが、「これで十分だ」と立ち止まっていたなら、今日の豊かな社会は存在しなかったでしょう。
私たちもまた、その歴史の担い手です。
今あるものに安住するのではなく、さらに先を求める責任があります。

■停滞は、思考を止めたところから始まる
日々の仕事に追われていると、どうしても目の前をこなすことで精いっぱいになります。
それは仕方のないことです。
しかし、その忙しさを理由に思考を止めてしまえば、そこから先の発展はありません。
「このやり方で本当にいいのか」「もっと効率の良い方法はないか」「もっとお客様に喜ばれる工夫はないか」、こうした問いを持ち続けることが、個人を成長させ、組織を進化させます。
停滞とは、環境が悪いから起こるのではありません。
問いを失ったときに始まるのです。

■あと一歩の執念が未来を変える
振り返れば、私自身、どちらかといえば諦めの早い人間だったかもしれません。
ある程度まで考え、一定の成果が出ると、「このあたりでいいだろう」と力を緩めてしまうことが少なくありませんでした。
もしあのとき、もう一歩踏み込んでいたら、もっとしつこく考え抜いていたら、事業はさらに違う展開を見せていたかもしれない、そんな思いを抱くことがあります。
もちろん、過去は変えられません。
しかし、その反省は次に生かせます。
大きな差を生むのは、才能ではありません。
最後のあと一歩をやり抜く執念です。

■社会を動かすのは、問い続ける人である
ひとつの会社が工夫を重ねて優れた商品やサービスを生み出せば、それが刺激となって他社も挑戦を始めます。
その競い合いが社会全体を前進させ、よりよい暮らしを生み出します。
つまり、「わけ入る」姿勢は、個人の成長にとどまりません。
社会の発展そのものを支える力なのです。
だからこそ、「これでいい」と簡単に結論づけてはいけません。

■考え抜いた先に、新しい道がある
松下幸之助氏の言葉は、実に示唆に富んでいます。
行き詰まったように見えるときこそ、もう少し深く考える、壁にぶつかったときこそ、さらに踏み込む、そこで初めて、思いがけない突破口が見えてくる。
道は、最初から見えているものではありません。
わけ入った先に、初めて現れるものです。
だから私たちは、安易に立ち止まってはならない、とことん考え、工夫し、歩み続ける。
その先にこそ、新しい道がひらけるのです。

『道をひらく』(松下幸之助著)を読む120➩

⇦『道をひらく』(松下幸之助著)を読む118


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