【生きがいのある人生のために】:「年の瀬」

■人生には、必ず「締め切り」がある

松下幸之助氏は、この章で「死生観を持って生きること」の大切さを説いています。
そのたとえとして示されているのが「年の瀬」です。
一年には始まりがあり、そして必ず終わりがあります。
年末が近づくと、人は自然と一年を振り返り、「やり残したことはないか」「きちんと締めくくれているか」と考えます。
それは、終わりが見えているからです。
人生も同じです。
人は生まれた瞬間から、死へ向かって歩んでいます。
始まりがある以上、終わりも必ず訪れる、しかも人生は、年越しのように「また次」があるわけではありません。
一度幕が下りれば、それで終わりです。
ここに、人間が真剣に生きるべき理由があります。

■「いつか終わる」と知るから、人は本気になれる
もし人生に終わりがなかったらどうでしょう。
「また今度やればいい」「次の機会に頑張ればいい」、そうして人は、どこまでも先延ばししてしまうかもしれません。
しかし現実は違います。
人生には期限があります。
しかも、その締め切りがいつ訪れるのか、誰にもわからない。
この厳然たる事実こそが、人を真剣にさせるのです。
仕事に締め切りがあるから集中できるように、人生にも終わりがあるからこそ、一日一日がかけがえのないものになります。
死を意識することは、暗いことでも悲観的なことでもありません。
むしろ、それは「今をどう生きるか」を鮮明にするための視点です。

■誰もが知っているのに、忘れている
人は必ず死ぬ、そして、それがいつ訪れるかはわからない、これは誰もが知っている事実です。
けれども、私たちは普段、そのことをほとんど意識せずに生きています。
明日も同じように朝が来る、来月も、来年も、変わらぬ日常が続く、そんな前提で、つい気を緩めてしまう。
だからこそ幸之助氏は、「何度も自分に言い聞かせよ」と説くのでしょう。
年の瀬は越せても、人生の瀬は越せない。
この現実を心に刻むことが、生き方を引き締めるのです。

■死を意識すると、生は深くなる
死を遠ざけて考える生き方は、どこか漫然としています。
しかし、死を見つめた瞬間、人は「今日」という時間の重みを知ります。
何をするべきか、誰に何を伝えるべきか、何を残しておきたいのか、そうした問いが、初めて切実なものとして立ち上がってきます。
極限状況の中で死を強く意識しながら生きた人々の記録を読むと、その一日一日への向き合い方の真剣さに胸を打たれます。
もちろん、私たちはそのような極限にいるわけではありません。
しかし、「いつ終わるかわからない命を生きている」という点では、誰も同じです。
だからこそ、日々を軽く扱ってはならないのです。

■私たちは、もっと真剣に今日を生きてよい
私自身、この教えに触れるたび、身が引き締まる思いがします。
日々の仕事に追われていると、どうしても目の前のことを惰性でこなしてしまうことがあります。
「これくらいでいいだろう」と、どこか甘えが顔を出すこともあります。
けれども、もし今日が人生最後の日だとしたら、その仕事ぶりで本当に悔いはないのか、そう問いかけると、自ずと姿勢は変わります。
死を思うことは、生を粗末にしないためです。
人生には必ず終わりがある、しかも、その日はわからない、この覚悟を持つだけで、一日はまったく違う意味を帯びてきます。

■「今日」を締めくくれる生き方を
年の瀬には、多くの人が一年を振り返ります。
ならば私たちは、一日の終わりにも同じ問いを持つべきでしょう。
今日という一日を、きちんと生き切ったか、やるべきことをやったか、悔いなく締めくくれる一日だったか、その積み重ねが、悔いのない人生をつくります。
松下幸之助氏のこの教えは、私たちに静かに、しかし鋭く問いかけています。
あなたは、人生の「年の瀬」を意識して、今日を生きているか。
その問いに胸を張って答えられる生き方こそ、本当に生きがいのある人生なのだと思います。

『道をひらく』(松下幸之助著)を読む113➩

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