『道をひらく』(松下幸之助著)を読む118 【生きがいのある人生のために】:「体験の上に」
【生きがいのある人生のために】:「体験の上に」
■知識だけでは、人は泳げない
松下幸之助氏は、「真に身につく学びは、体験の上に築かれる」と説いています。
そのわかりやすい例として挙げられているのが、水泳です。
たとえ水泳の名人から三年間、休むことなく理論を学んだとしても、それだけで泳げるようにはなりません。
腕の動かし方、息継ぎの仕方、身体の使い方をどれほど丁寧に教わっても、実際に水に入らなければ泳ぎは身につかないのです。
これは、あらゆる学びに通じる真理です。
知識は入口にすぎません。
体験して初めて、それは本物の力になります。
■「わかったつもり」が最も危うい
人は説明を聞くと、すぐに「理解した」と思い込みます。
しかし、その理解の多くは、頭の中だけのものです。
自転車もそうでしょう。
乗り方の説明を聞き、ペダルの踏み方やハンドル操作を理解しても、実際に乗れば最初はふらつき、転び、膝を擦りむくものです。何度も失敗を重ねる中で、ようやく身体が覚えます。
仕事もまったく同じです。
会議で話を聞いただけで、研修を受けただけで、「できる」と思ってはいけません。
実践してみて初めて、自分の理解の浅さに気づきます。
そして、その気づきこそが本当の成長の出発点なのです。
「わかったつもり」は、成長を止める最大の落とし穴です。
■教えと体験、その両輪が人を育てる
もちろん、体験だけですべてが身につくわけでもありません。
何の知識もないまま実践に飛び込めば、無駄な失敗を繰り返し、周囲にも迷惑をかけかねません。
だからこそ、まず教えを受け、基本を理解することが必要です。
しかし、そこで止まってはいけません。
松下氏が伝えたいのは、教えは体験によって初めて生きるということです。
学んだ知識を現場で試し、失敗し、修正し、再び挑む。その繰り返しの中で、知識は知恵へと変わっていきます。
学びとは、「知ること」ではなく、「できるようになること」なのです。
■経営もまた、体験によってしか会得できない
私自身、経営を引き継いだとき、このことを痛感しました。
前任の社長から最低限の助言は受けましたが、細かな手ほどきはほとんどありませんでした。
要するに、「やってみなさい」ということです。
最初は戸惑い、失敗もしました。
判断を誤ったこともありますし、どう対処すべきか迷い続けた場面も数えきれません。
しかし、その苦労の中でしか得られない学びがありました。
経営とは、教科書では身につきません。
現実の重みを背負い、責任を引き受け、試行錯誤する中でしか会得できないものです。
振り返れば、私が得た経営の知恵のほとんどは、まさに「体験の上に」築かれたものでした。
■次代を育てる者の責任
だからこそ、これから事業を引き継ぐ後継者には、単なる講義ではなく、実地の経験を積ませたいと考えています。
隣で見せる、一緒に考える、失敗したら支える、そのうえで、自ら判断し、責任を持たせる。
これが本当の継承です。
新入社員であれ、管理職候補であれ、人は実践の中でしか育ちません。
教える側に必要なのは、知識を与えることではなく、体験の機会を与えることなのです。
■人生は、やってみてこそ開ける
松下幸之助氏の教えは、仕事に限りません。
人生そのものがそうです。
本を読み、人の話を聞き、理解したつもりになっても、それだけでは何も変わりません。
まず一歩踏み出す、やってみる、失敗する、そこから学ぶ、この積み重ねが、人を成長させます。
一を聞いて十を知った気になるのではなく、一を聞いたら、まず一歩動く。
その姿勢こそが、人生を切りひらく力になるのです。