『道をひらく』(松下幸之助著)を読む101【自主独立の信念をもつために】:「身にしみる」
【自主独立の信念をもつために】:「身にしみる」
■本当に身にしみるとはどういうことか
松下幸之助氏は、「身にしみる」という言葉の重みを説いています。
私たちは日常、「身にしみてわかった」といった表現をよく使います。
しかし松下氏のいう「身にしみる」とは、そんな生やさしいものではありません。
もっと切実で、もっと深い覚悟を伴うものです。
その例として挙げられているのが、大阪城築城の話です。
大阪城は、わずか一年半ほどで築かれたと伝えられています。
それを可能にした背景には、工事に携わった人々の命がけの真剣さがあったとされます。
失敗すれば首が飛ぶ、それほどの緊張感の中で働いていたのです。
松下氏は、その時代背景の是非を論じているのではありません。
人が命を懸けるほどの切迫感の中に身を置いたとき、初めて物事は「身にしみる」のだと説いているのです。
■中途半端な覚悟では、本物の仕事はできない
仕事において、「一生懸命やったつもり」という言葉ほど曖昧なものはありません。
本当に全力だったのか、本当に限界までやり抜いたのか、そこを自分に厳しく問い直さなければならない、と松下氏は教えています。
大きな仕事であれ、小さな仕事であれ、誤りなく成し遂げるには、根底に「身にしみる思い」が必要です。
ただこなすのではなく、逃げ場のない覚悟で向き合う、その真剣さが、仕事の質を決定づけるのです。
■私自身、そこまでの覚悟があったか
振り返ってみると、私もこれまで仕事には懸命に取り組んできたつもりです。
しかし、「命を懸けていたか」と問われれば、正直、言葉に詰まります。
そこまでの覚悟を常に持っていたとは言えません。
ただ結果として、無我夢中で働き続けた末に大病を患い、命の危険に直面したことがあります。
もちろん、それは意図してそうしたわけではありません。
しかし振り返れば、自分の身体の限界も顧みず、一心不乱に仕事に向き合っていた時期でした。
ある意味で、それは松下氏のいう「身にしみる」経験に近かったのかもしれません。
■一皮むけるには、極限の真剣さがいる
もちろん、常に命を削るような働き方を勧めるわけではありません。
それでは長く続きません。
しかし、人が一段成長し、一皮むけるためには、ある時期、極限まで真剣に仕事と向き合う経験が必要なのだと思います。
「これができなければ終わりだ」、それほどの覚悟で仕事に臨んだ経験が、人を鍛え、本物の力を育てるのです。
■松下幸之助氏の厳しい問い
こんな逸話があります。
ある社員が「精いっぱい努力しましたが、できませんでした」と報告したとき、松下氏はこう問いかけたそうです。
「君は血尿が出るほど努力したのかね」、厳しい言葉です。
しかし、その真意は明快です。
限界までやり抜いていないのに、「できない」と結論づけるな、ということです。
人はすぐに「これくらいで十分だ」と自分に線を引いてしまいます。
その甘さを断ち切れ、と松下氏は迫っているのです。
■仕事のプロに求められる覚悟
プロフェッショナルとは、知識や技術がある人のことではありません。
最後の最後まで逃げずに向き合える人のことです。
「ここまでやれば十分」ではなく、「まだできることはないか」と問い続ける人こそ、本物のプロです。
松下幸之助氏のいう「身にしみる」とは、その覚悟のことなのでしょう。
仕事に命を懸ける、そこまでの真剣さで向き合った経験が、人を大きく成長させる。
それこそが、自主独立の信念を支える土台なのです。
『道をひらく』(松下幸之助著)を読む102➩