【自主独立の信念をもつために】:「こわさを知る」

■「怖いもの知らず」は成長を止める
松下幸之助氏は、「怖いもの知らずほど危険なものはない」と説いています。
一見すると、何ものにも恐れず果敢に挑戦する姿は頼もしく映ります。
しかし、ここでいう「怖いもの知らず」とは、勇気や胆力のことではありません。
それは、自分を律する基準を失い、独りよがりになってしまった状態です。
人は、自分より大きな存在を意識してこそ、行動を慎み、判断を正し、節度を保つことができます。
子どもには親という存在があり、社員には社長がいる、社長であれば、世間の評価であり、あるいは神仏や道義といった、自分を超えた基準が必要なのです。
そうした「畏れ」があるからこそ、人は軽率な行動を戒め、自らを律することができます。

■人は放っておけば、自分に甘くなる
人間には自由があります。
自分で考え、自分で決め、自分の意思で行動できる、それは尊い力です。
しかしその一方で、人は放っておけば、自分に都合よく判断しがちな存在でもあります。
「これくらいならいいだろう」「誰も見ていないから構わない」、そうした甘えが積み重なれば、やがて大きな過ちにつながります。
凡人である私たちは、自分の良心だけで完全に自分を律し続けることは、そう簡単にはできません。
だからこそ、意識的に「自分を戒める存在」を持つことが大切なのです。
松下氏が神仏や大きな道義を重んじたのも、そこに自らを正す力があると知っていたからでしょう。

■私にも「怖い存在」がいた
私自身、経営を引き継いだ当初、非常に怖い存在がありました。
それは、前の社長です。
まだ右も左もわからない経営者だった私に対して、その方は実に厳しかった。
経営の基本を示し、一定期間が経つと決算書や経営状況を細かく確認する。
そして至らない点があれば、その場で容赦なく厳しい指摘を受けました。
当時は本当に怖かったですね、逃げ出したくなることもありました。
しかし今振り返れば、その厳しさがあったからこそ、私は道を踏み外さずに済んだのだと思います。
経営者という立場は、大きな裁量を持ちます。
会社のお金をどう使うか、資産をどう運用するか、最終的な判断は、自分に委ねられる。
だからこそ、そこに歯止めが必要なのです。

■自分を見張る「もう一人の目」を持つ
人は弱いものです。
だから、自分を上から見つめる「もう一人の目」を持たなければなりません。
それは、恩師かもしれない、先代の教えかもしれない、世間の評価かもしれない、あるいは、神仏や良心そのものかもしれません。
大切なのは、「誰かが見ている」という意識を持つことです。
その畏れがあるからこそ、人は襟を正し、判断に慎重になり、誠実な道を歩むことができます。
松下幸之助氏の教えは明快です。
真の自主独立とは、好き勝手に振る舞うことではない、自らを律する力を持つことです。
そしてその力は、「こわさを知る」ことから生まれるのです。

『道をひらく』(松下幸之助著)を読む97➩

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