『道をひらく』(松下幸之助著)を読む125 【国の道をひらくために】:「平和と闘争」
【国の道をひらくために】:「平和と闘争」
■平和と闘争は、決して両立しない
松下幸之助氏は、「平和と闘争は本来相容れない」と明確に述べています。
これは非常に重い言葉です。
世の中ではしばしば、「平和を守るための戦い」「未来の平和のための闘争」といった理屈が語られます。もっともらしく聞こえるかもしれません。
しかし松下氏は、そうした論理に対してきっぱりと線を引いています。
平和はあくまで平和によってしか築けない。
闘争はどれほど美辞麗句で飾ろうとも、闘争でしかありません。
これは理想論ではなく、人類の歴史が証明してきた現実です。
■戦争が残すのは、悲惨な現実だけである
ひとたび戦争が始まれば、その犠牲となるのは、いつの時代も普通に暮らしている人々です。
家族を失う、暮らしを失う、未来への希望を失う。
日本もまた、かつて大きな戦争を経験し、その悲惨さを身をもって知っています。
にもかかわらず、時間の経過とともに、その記憶は薄れがちです。
だからこそ、松下氏は警鐘を鳴らしています。
「平和を得るために戦争を起こす」という発想そのものが誤りであり、何としても避けなければならない、と。
■平和は、平和的な努力の中からしか生まれない
では、どうすれば平和は実現するのか。
答えはシンプルです。
平和のうちに、平和を築く努力を重ねること。
話し合う、理解し合う、譲り合う、これしかありません。
子どもの喧嘩のように、力で相手をねじ伏せる発想は、成熟した社会にはふさわしくありません。
知恵を尽くし、理性を働かせ、対話によって解決を探る、そこにこそ人間の進歩があります。
本当に成熟した社会とは、「争わない技術」を持つ社会です。
■これは国家間だけの話ではない
この教えは、国と国との問題だけに当てはまるものではありません。
私たちの日常にも、小さな対立や衝突は絶えずあります。
家庭の中で、職場で、地域社会で、そうした場面でも、力ずくで自分の意見を押し通そうとすれば、必ずしこりが残ります。
大切なのは、相手は何を考えているのか、自分は何を望んでいるのか、どこに歩み寄りの余地があるのか、これを丁寧に見極めることです。
対話とは妥協ではありません。
より良い解決策を共につくり出す知的な営みです。
■私は「争わない」という道を選んできた
振り返ると、私はもともと争いごとが好きな性格ではありませんでした。
子どもの頃から競争そのものに強い興味がなく、「勝つために誰かを打ち負かす」という感覚がどうにも馴染みませんでした。
会社に入ってからも、出世競争を意識したことはほとんどありません。
ただ目の前の仕事に誠実に向き合い続けた結果として、気がつけば経営の立場に立っていました。
社長に就任したときも、「闘争心の薄い自分に務まるのだろうか」という不安はありました。
しかし実際には、机を叩いて相手を威圧するような場面は一度もありませんでした。
むしろ、時間をかけて話し合う、相手の言い分を聞く、こちらの考えを丁寧に伝える、この姿勢を貫いてきました。
その結果、大きな衝突を避けながら、多くの問題を解決することができたのです。
■譲ることは、敗北ではない
時には、自分が一歩引くこともありました。
相続の問題でも、仕事上の調整でも、「ここで譲れば全体が収まる」と判断したときは、迷わず譲りました。
それを敗北だと思ったことはありません。
むしろ、無用な争いを避け、より大きな平穏を得るための選択でした。
譲歩とは弱さではなく、長期的視野に立った強さです。
■平和を築く知恵を持ちたい
松下幸之助氏の教えは、私自身の歩みを振り返ると、まさにその通りだったと感じます。
争いの中に未来はありません。
未来を切りひらくのは、対立ではなく対話です。
どうすれば争わずに済むか、どうすれば互いに納得できる道を見つけられるか、そのために知恵を絞ることこそ、人間に与えられた最も尊い力ではないでしょうか。
これからも私は、闘争ではなく対話を選びたい、平和の中で平和を築く、その道を歩み続けたいと思います。